A QUOTE

日本の原子力発電所は1966年に東海第一原子力発電所というのが動き始めたのですが。それをつくろうと計画していた1960年に科学技術省が原子力産業会議に委託して、え…その東海第一原子力発電所がもし本当に大きな事故が起きたらどういう被害が出るかということを試算するように委託しました。」

「大型原子炉 大型原子炉のの事故事故のの理論的可能性及 理論的可能性及びび公衆損害額 公衆損害額にに関関するする試算試算」

水野「はい」

小出「え……その試算は、もう、ほんっっっっっとうにひどいというか、破局的な被害、の計算結果を撃ち出してきました。んで……その、そうしたらどうしたかというと、その報告書が秘密にされてしまった……のです」

水野「ああ……、だから私ら知らんのですね」

小出「そうです。それで、でも、政府自身は知ったわけですから、え…その知った結果を受けて、日本というくには1961年に原子力損害賠償法という法律を作った、のです。」

原子力損害の賠償に関する法律

「え……あまりに破局的なわけで、どうせ電力会社には補償なんかできないと。だから、え……原子力損害賠償法という法律のもとで、え…電力会社を免責して、ある程度以上の被害は国家が、国会の議決を経て、面倒をみるというそういう法律をわざわざ作った、のですね。」

水野「はぁ……」

小出「はい。え…その、でも、基礎になった報告自身は、長い間秘密にされてきて、え、確か1990年代の中頃だったと思いますけれども、国会で追求されてようやくにして明らかになったというそういう報告があります」